はるには

俳句と着物と好きなもの

虚子と碧梧桐楽しい温泉旅行 (虚子『湯河原日記』より)

f:id:haruniha:20181230121819j:plain明治36年の正月に書かれた、虚子の「湯河原日記」。
アラサーの頃の虚子、碧梧桐、四方太の三人(といいつつ、碧梧と虚子の二人行動が多い)で、わいわいやっているのが、何だか可愛かったので抜粋してみました。(漢字は新字体使用)


「湯河原日記」

一月二日
朝、碧梧桐と共に新橋を出で小田原にて昼食、共に人車に乗じて湯河原へ赴く。
四方太先着して中西屋にあり。夜八時頃中西屋に着し四方太の部屋に入る。
(中略)
碧梧桐と両人入浴、背中を流し合ふ。仙台の下宿を思ひ出す。何年目だらうといへば、君の背中からは相変らず垢が出るといふ。
刺身、椀盛、酒二合を碧梧桐と両人にて飲み余す。君も飲まんかといへば、飲まぬと四方太いふ。

三日
碧梧桐先ず覚め、余次で覚む。床中に在って雑談す、四方太漸く覚む。
両人は昨夜十二時過ぎ迄起き居たりとの事。
碧梧桐と散歩。
雑煮、トロゝ、数の子、玉子。
文章談其他。
中西屋にてあき間なしとの事にて川下の藤田屋に紹介せらる。十時過移転。
三階に卜居。碧梧桐と室を隣る。
午食、鳥鍋、椀盛、酒一合。
四方太を誘ひ三人山に登る。湯河原を眼下に見下す。(中略)
山は大方枯れ果てたる草山なり。碧梧桐マッチを磨つて草に火を点ず。風強くて忽ち三坪許りにひろがる。碧梧桐少し狼狽の態にて杉の枝を折つて叩き消す。余燼風を受けて尚燃え上がらんとすること屡々。四方太小便で消すには広すぎるなどゝ呟きながら下駄にて踏みにじる。
山腹の蜜柑畑に入り梢に残り居る小さき蜜柑をちぎり食ふ。種多くして酢つぱき事甚だし。
(中略)
寄木細工売る店に知恵木と箸箱を購ひ帰る。
苺を瓶に挿む。
碧梧桐と殺生石を謡ふ。
入浴。
晩飯、とうふら鍋、やき海老、酒一合。
(中略)
碧梧桐羽衣の曲(クセ)を暗記、余大鼓の練習。
「俳句季寄せ」校正。干鱈を人事に干鮭を動物に入れ居りしを悔ゆ。
入浴、男湯ぬるくして堪え難し、私に女湯に入りよき心地にて暖まり居る。四五人の女の声して此方に進み来ると覚ゆる間に女湯の戸を開けしは十三四の紫の被布着たる令嬢なり。余を認めてオヤと許りに戸をしめ、他の女連れと戸の外にてがや/\うち騒ぐ。余はほう/\の態にて男湯に帰る。
碧梧桐と両人知恵木を組み立てる。余奏功。
下女に床を延べさす。大勢の女客はどの部屋かと聞く。別荘と答ふ。
碧梧桐去る。湯河原に入りてより初めて独りとなる。俄かに寂莫として川音の高きに驚く。
机にもたれて五子稿を読む。苺橙光に映じて紅滴たらんとす。
十一時入浴。既に湯を落としたりとて勝手の浴槽に導かる。下女一人湯につかりたるまゝにて居眠る。

四日
七時起床。(中略)
四方太、碧梧桐来る。湯婆売り来る。
午飯。塩焼、野菜。
碧梧桐と善知鳥を謡ふ。
四方太、碧梧桐と三人大弓を引きに行く。初めて弓を引く。余の引き振りをかしとて皆腹を抱へて笑ふ。碧梧桐は姿勢よしとて女にほめられる。四方太の矢隣の藁屋根に命中す。
三人川を渡り九年母を食ひ苺を摘み帰宅。
四方太去る。
晩飯、空也むし、刺身、味噌汁、酒二合。
(中略)
碧梧桐と共に四方太を訪ふ。四方太明朝帰京するなり。
鮓、蜜柑、餅などおごる。
九時帰宅。
入浴。

五日
七時半起床。手水をつかひに行けば碧梧桐冷水磨拭をやりつゝあり。四方太は既に出立したりといふ。
碧梧桐と項羽を謡ふ。
朝飯、いり豆腐、味噌汁。
碧梧桐城址を見に行く。
椅子によりて煙草を吹かす。
(中略)
入浴、湯またぬるし、出るとき熱くなる。
椅子による。今日はいつもある山上の雲も無し。どの温泉宿も皆布団を干す。
大弓を引きに行く。女余の手を取つて教ふ。
晩飯、鱸刺身、椀もり。
碧梧桐と隅田川を謡ふ。
入浴。
九時寝。

六日
八時半起床。
前の山に散歩。権現の鳥居の上に十二度目にして漸く石を上げる。
牛小屋の牛今朝は既に留守。
朝飯、焼烏賊、焼豆腐、味噌汁。
(中略)
入浴。
宿より鮓の御馳走に預る。飯硬き事針の如し。
晩飯、味噌汁、卵半熟三個、酒一合。卵胸につく。
碧梧桐と船弁慶を謡ふ。
土産をもとむる為め寄木細工、写真などを売る店に行く。写真三枚、独楽、籠など購ふ。雨降り出す。番傘を借りて帰る。
碧梧桐は兼て本日を限りとして帰京せんといひ、余は独り止りて弓でも上手にならんか、それとも熱海にでも転ぜんかなど思ひ惑ひしが、湯河原の興は既に尽き、熱海行には嚢中心許なく、終に碧梧桐と共に東帰に決す。
酒二合と女鯛の煮肴一皿を以て掉尾の盛宴を張らんと決す。
酒来る事遅し。湯河原雑詠を作る。
碧梧桐酔ひ余も酔ふ。花月を謡ふ。
入浴。
酔未だ覚めず。床に入る。

七日
六時起床。
朝飯、むつ煮肴。味噌汁。
朝暾さしのぼる頃見附の松を後にして湯河原を出づ。
矢場の板屋は寝静まりて音もせず。
(明治三十六年一月)


改造社高濱虚子全集』6巻より。

勝手に女湯に入ってみたり、大弓の引き方に大笑いしたり、あと本当に謡好きだな~!
まだ俳句の傾向で対立する前の(対立後も私的な交流は変わらなかったそうですが)、二人の楽しそうな姿が見えてきて嬉しかったです。
この後の「湯河原余記」では、子規が「唐黍の殻で焚く湯や山の宿」という句を作ったのはどのあたりだろうか…と書いてあって、この時期は子規が亡くなって初めての正月か…と切なくなったりしました。

碧梧桐バージョンの『湯河原日記』も面白かった(特に虚子の描写が可愛かった)ので、そのうち抜粋したいと思います。